人生の最期を考える その1
皆さん、お元気ですか? 冬も真っ只中。かぜやインフルエンザをひかずに済ませたいものですね!
私は年末におなかがいたくてたまらなくなり、外来を途中でリタイアしてしまいました。ご迷惑をおかけしすみませんでした。胃腸炎のウイルスにやられたんです。
私たちは日々おまんまを頂戴しておしっこをしてウンチをして、自分でお風呂に入って、人と会い、家事をし、勉強をし、働き、笑い、泣き、悲しむという生活をしているわけですが、いつの日か人生には最期がやってきます。悲しい現実ですよね。
皆さん、御自分の最期のことをお考えになったことはおありですか?
縁起でもない、考えたくもない、とおっしゃるかもしれません。が、人生の最期をどのように迎えるかというのはわたしたち一人一人にとって非常に大切なことですよね。
木村 「ハラグチさん、お元気そうですねー。」
ハラグチさん(ババ) 「んだぁ。たいしたいいエンタ。」
ハラグチさん(ジジ) 「んだぁ。オレよりババの方が調子いいエンタな。」
木村 「ハラグチさんご夫婦はあと15年はかたいですね。」
ハラグチさん(ババ) 「ワシはいづ逝ってもいい。したどもジジをあとに残して逝けねぇはんで・・・」
ハラグチさん(ジジ) 「ワシは長生きしてぇな。百歳まで生きてぇ。」
ハラグチさん(ババ) 「・・・・・。誰がおめぇの面倒見るんだ?」
ハラグチさん(ジジ) 「おめぇいねくってもワシ一人で大丈夫だぁ。」
ハラグチさん(ババ) 「先生、うちのジジ、家のこと全部ワシにやらせといて勝手なことしゃべってる。」
木村 「・・・・。ハラグチさん、お元気なうちにお訊(き)きしておきたいんですけど、もしハラグチさんが病気や年で衰えて、寝たきりになってしかも飲み物や食べ物でむせてちゃって飲み食いができなくなったら、どんな治療を望まれますか?」
ハラグチさん(ジジ) 「オレは食べれるようになるような点滴してもらいてぇナ。」
木村 「(そんな点滴はないんだけどな・・・) 寝たきりで何もできなくなってもですか?」
ハラグチさん(ジジ) 「んだぁ。おれは1分1秒でも長生きしてぇ。」
ハラグチさん(ババ) (ジジをバシッと叩いて)「そったことしゃべって、おめぇのこと誰世話すんだ?! ワシはそんなふうになったら、何にもしてもらいたくねぇ。逝かしてほしい。」
ハラグチさん(ジジ) 「おめぇいなくなったら誰がオレの面倒見てくれんだぁ?」
人の思いはさまざまです。そしてその思いは尊重されなくてはなりません。東洋と西洋でも考え方に違いがありますね。東洋では家族の意向を重んじられる傾向にありますし、西洋では個人の決定権が強調されます。
この続きは来月。道路が滑りますから、足元に気をつけてお過ごし下さいね。