『生活習慣病』とは呼びたくない
「生活習慣病」に関する思いを書かせていただきたいと思います。昔は「成人病」とよくいいましたネ。今はこの「生活習慣病」という言葉が幅を効かせるようになりました。私はこの言葉が大嫌いです。使わないようにしています。なぜでしょう? それは、この言葉が個人個人を悪者にしてしまう言葉だからです。「生活習慣病」という言葉は、素直に読むと「その人の生活習慣(の悪さ)によって引き起こされる病」というふうに解釈されますネ。換言すれば「その人のその病気はその人の生活習慣が悪いから引き起こされたのだ」ということになります。そんなこといっていいんでしょうか? よいわけがないと私は思います。
例えば高血圧。高血圧は生活習慣のせいだといえるのでしょうか? 高血圧は6,7割がた、遺伝によるものです。どんなに生活習慣が悪くても血圧が高くならない人はいくらでもいます。「生活習慣」が理想的であっても、高血圧になる人はいくらでもいらっしゃいます。それでも「あなたの生活習慣が悪いからです。生活習慣病です。」「生活習慣をよくすれば治ります」なんていえるのでしょうか。
もう一つの例は糖尿病です。糖尿病になるなりやすさ・体質は、ある程度生まれながらに遺伝で決まっています(ここでは2型糖尿病という、普通の糖尿病のお話しをしています)。ある人が糖尿病に大変なりやすい体質に生まれついてしまったとします。するとその人は普通に食べていても、あるいは少なめに食べていても糖尿病になってしまいます。一方、別のある人は糖尿病に大変なりにくい体質に生まれついたとします。するとその人はどんなにたくさん食べても糖尿病にはならない。糖尿病になるかどうかは、ある程度遺伝的に決まる「なりやすさ」と食べる量、消費するエネルギー量(運動量)の兼ね合いで決まるわけです。糖尿病になりやすい民族だっているわけです。これでも「生活習慣病」といってよいのでしょうか。(遺伝学に興味のある方へ:遺伝といっても、常染色体優性遺伝とか常染色体劣性遺伝などのメンデル遺伝ではなく、多因子遺伝といって、いろんな遺伝子が複雑に絡んでいて、親が糖尿病だから子も皆糖尿病というふうにはなっていません)
木村先生、そんなにコウフンしないで下さい、という声が聞こえてきそうです。ごめんなさい。「こだわり派」なものですから。私は高血圧は高血圧、糖尿病は糖尿病、と呼べばいいのだと思います。え? 生活習慣病という言葉によって、生活習慣への注意が喚起される、ですって? 私は物事がそんな単純なものだとは思いません。「生活習慣に注意しましょう」、「塩分の摂り過ぎ、運動不足に注意しましょう」といえば済むことです。私が耐えられないのは「生活習慣病」という言葉そのものが必ずといっていいほど誤解される言葉であるということと、この言葉によって病気が個人のせいにされ個人の尊厳が踏みにじられるということなのです。
言葉を新しく作るときは、よくよく気を付けなければならないと思いますネ。いかが思われますか? 考え過ぎでしょうか?